2026年4月12日日曜日

鼡径ヘルニア

 

3月20日


遊び行って帰って来て、
ちんこのつけ根の右に何かしこりが
あるのに気づいた。


3月23日


日が経つにつれ
立ってる(ちんこじゃなく)状態やと
気のせいか膨らんできつつあるように見えた、
座ってたり寝転んでる時は普通で何ともない。
一応、早めに病院行っとくかと
何科に行けばいいかわからずに泌尿器科へ、、、
受付を済ますと検尿コップを渡された。

そこが予想外の大人気泌尿器科!で
診療時間のすべてが予約で埋まってて、
昼ご飯食べにでる時間があったりしたけど
尿意がまったく来ない。。。
順番がくれば診察はスムーズ、
医者もほうほうって感じでほっといても治らんし
近所に腹腔鏡手術の上手い先生いるからって
サラサラっと紹介状を書いてくれた。
最後までおしっこは出なかった、、、


3月30日


症状が進んでしばらく立ってるとはっきり
膨らんでるのがわかるようになってきてた。

隣り駅の少し大きな病院へ
初診はどこでも後回しになるねんな。
ま、しょうがないよ、
来た時はごったがえしてた待合室も
自分と数人だけになった時にやっと呼ばれ、
軽い診察のあとCT行って検尿行って
呼吸器行ってと順番に回った、
今回はシャーシャー出た!

んで、診察ってなったら
一通りの結果発表された後、
「手術は月曜日と水曜日にやってる、、、」
えっ!もうそんな話し!!!
展開が急過ぎて心の準備もできてへんのに
「今週はいっぱいやから来週かなー」と
カレンダーをめくる先生、
先生の「いつがいいですか?」で
水の8日をパッと指さすと先生笑ってたわ。
パラパラっとノートを確認したら
8だけ空いててそこに決まった。

23日からずっとナーバスで

自分の中で心の準備はできてへんでも
決めてたんやろな。

手術前に何するよ?ってなったら
絵を描いたり、粘土したり、片づけしたり、
手術までの日は余計な事考える時間を
なるべく埋めて
あっという間に8日。


4月8日


まな板の鯉すぎる。

全身麻酔が入るまで目がギンギンで
麻酔ってほんまに寝るんか?
ぐらいの感じやった。
麻酔の先生が来て軽く説明受けて、
謎のカウント「0.8…1」で
意識を失ったのも気づかずに意識を失ってた。
死ぬ時は寝るよりも早いスピードで
意識失うらしいから死に近い状態なんかもな。

んでな!次の瞬間、

目が開いたら嬉しそうな見た事ない顔に囲まれて
眼を覚ますねんけど。。。
まだぼーっとしてて、
現実感がなく初めて見た光景みたいで、
生まれた時って
こんな感じやったかもなって気がした。
死と生を感じるすごい不思議な体験やった。

意識がはっきりしてくにつれて地獄よ。

ちんこに管入ってずっと違和感凄いし
下腹部全体が痛いし、
一晩中、抗生物質の点滴入れてるし
寝返りもうたれへん状態で寝れる訳ないやん。
やからインスタ見て
みんなのいつもと変わらない日常に癒されたし、
早く元気になって仕事場で絵描くぞ!ってのと
早く導尿の管抜いてくれ!で一晩耐えた。


4月9日


目はつむってたもののほぼ寝れず朝になった。

「おはよーございまーす!」
カーテンを開け電気がつけられた。
そして朝ご飯食べる前に導尿の管が
やっと抜かれた!
ちんこのつけ根あたりから先まで
ズゾズゾズゾゾゾ、、、痛みと違和感と
おしっこ漏れでてない?って感覚。

「それから少しして朝ご飯ですー」やっとご飯!

丸1日何も食べてないお腹は
腸がぺったんこで動いて無いのがわかるから
早く何でもいいからお腹に入れたかった。
ベッドの手すりを頼り、足をゆっくり曲げて、
お腹にできるだけ力入れんようにして
起き上がろうとしても起き上がらん、
でも食べな死ぬ!食べたい!!!
諦めて腹筋に力を入れて痛みに耐えながら
何とか起き上がった!
お粥さんと卵とほうれん草を炒めたやつと
桃のデザートが何も入ってない腹に入った、
腸が動き出すのがはっきりわかるのも
気持ち悪い、、、

食べ終わってすぐ横になりたかったけど、
また起き上がるの大変やから
ベッドに座っておしっこしたくなるのを待った、
しばらくすると尿意が、、、
痛みに耐え立つ、痛みに耐え足を擦り一歩一歩、
トイレにたどり着いた、
ジョジョジョジョと違和感を感じながらしたら
最後にブブブブと空気出たんが気持ち悪かった、
ちんこに空気入る事あるねんな。

ベッドに戻り寝た、

寝たり起きたりしてく度に
痛みはあるけど少し起きるのが楽になった、
院内歩いていいって言われたので
足を擦りながら3階4階を回った、
看護師さんや普通の人らの歩くスピードが
速くて怖く感じた!
お年寄りって外でこんな感じなんかな?と
日々の自分の至らなさを少し見直そうと思った。


4月10日


やって来た退院日!救いか恵の雨。
もうね、早く出たい気持ちとまだ痛くて
ヨボヨボ歩きで不安な気持ちが混ざってた。
これ以上、入院してても外にいても
変わらんから退院なんやろうなと。。。

タクシーを呼び病院を後に、

病院の人らはみんな忙しそうで
全然喋られへんかったから
タクシーの運ちゃんに喋る喋る!
家に着くまでずっと喋ってた。

何かね、SNSいいよ。

みんなが普通にしてる姿を見てるだけで
元気でるし、励まされる。
普段からほとんど友達とも会わんけど
いいもんやわ、
早く普通の日常に戻したい。

あっ!後、
手術前に履く白い靴下ぴちぴち過ぎて窮屈で
たぶん手術終わったら脱いでいいやつぽかった、
余裕あったら看護師さんに聞くといいで。
予定に一切なかった2泊3日の手術入院でした。

2026年4月10日金曜日

大阪城



 去年の11月末あたりに島根の姉さんが

大阪に来るって事で大阪城に行った。

久しぶりに会う姉さんは島根の感じのままで

大阪城に向かいながら話してると

鬱で手帳持ちやって話しだした、

目の前が海で背中を山に挟まれた

小さい漁村で暮らしてるのと

鬱が結びつかんまま話しを続けてると

どうやら人や隣りとの距離が近すぎるらしい。

実際、居間から隣りの居間が丸見えやったり

僕が遊びに行っても小学生ぐらいの子が

友達と大阪の人が来てるって話して帰ってたから

わからん話しではなかった。

人ってどんな状況でも鬱になるんやな、

見えない荷物をずっと背負って歩いてるんやろな。


大阪城に着くと入場待ちの長蛇の列、

隣りに豊臣時代の石垣が見れる新館、

並ぶ時間勿体ないってお土産と

写真撮ってたらいい時間になったから

来た道を戻って天満に移動。。。

姉さんに会ってから懐かしい雰囲気を

ずっと感じてて、

何やろ、この感じ?って思ってた、

喋り方の独特な間と言うか

柔らかさと言うか姉さんの雰囲気が

岡田のおばあちゃんと同じだった。

おばあちゃんの先祖にそんな感じの人がいて

ずっと受け継いできてるんかもな。

にしても、何度か会って少し話したぐらいやのに

めっちゃ話しやす過ぎる、

会話のレベルを合わせてくれてるんか、

それともレベルが同じなんか。。。

気が合う人に久しぶりに会ったんやわ。


先日、おっちゃんが亡くなってしまったから

島根に行きたい。

小さい頃、家族で島根に行った時に縁側で

オレンジジュースの缶を親指と小指で挟んで持って

中指で片手で開けてくれたのを覚えてる、

僕には穏やかな芯の強い無敵の人に見えてた。


予定になかった鼠蹊ヘルニアの手術も

無事終わったし、

普通に歩けるようになったら島根に行きたい。


2026年3月17日火曜日

まじか!!!

 今日、元請けのお爺さんと
片道1時間半以上かけて
ユニバの手前まで納品に行ってん。

車中でへーほー言いながら
色んな話ししまくって、んでな、
帰りの大日あたりで趣味の話しになって
インスタ見せたらめっちゃ褒めてくれてさ、
んでな、一言だけ言うと「暗い。」って。
パッと見、普通のお爺さんがそれ言う?
暗いの伝わるんや!ってビックリしたわ、
まじで嬉しかったわ!!!
明日は店片付けて絵描くわ。

ちなみにその人と知り合ったのは駐車場。
三月入って暇になったし
正月に買った交通安全ステッカーを
車に貼りに行ったらグレーチングを直してはった、
話しかけるとちょうど仕事してくれる人を
探してたらしくて、めっちゃラッキー!!!
御利益ってあるもんやな。


2025年12月16日火曜日

天理


 この前、服の仕入れに天理教のお膝元、
天理に初めて行った、高校野球の天理高校のとこ。

どこ行っても天理教の何番母屋と名付けられた
鉄筋造りのお寺みたいな外観の建物があって、
見た中で一番大きい数字が109番母屋だった
母屋が何かわからんけど
大きい集会所みたいなもんかな?
宗教施設が立ち並び区画整理された
広い道路の風景は整ってて綺麗ではあるけど、
雑多なとこで育った僕には見慣れないし
旅行みたいなフワフワした居心地の悪さやった。

そこに生まれ育った人には普通の風景で、
なんなら病院も学校も仕事もある
天理教で経済が回って生活していけてるなら
信者さんにとっては理想郷かもしれん。
んでパイトンって美味しいラーメン屋はあるし、
昭和感ある純喫茶や商店街はグッときたな。

いつも年末に来るおばあちゃん無事に来られた、
また来年も宜しくお願いしますやで!

2025年12月1日月曜日

ふと思う

   ふと、商売をしててほんとにお客さんって
ありがたいなと。。。

 “お客様は神さまです。”は
お客さんが絶対と言う意味じゃなく、
お客さんに養われ、育てられ、教えられ、
学び、成長させてくれる
ありがたい存在と言う意味じゃないかと思う。

マナー、道徳、ルール、
相手の気持ちを無視してる奴が言うのは
自分の我を通したいただのわがまま。
そんな奴にまだ出会ってないのは
幸運だと思ってる。

あっ!おったわ!
見積もり出して仕事納めて支払いの時に
めっちゃ値切ってきた奴!
その後、仕事断り続けたら来んようなったわ。
納得いかんなら見積もり出した時に言えやボケカス!はげタコー!

いらん事を思い出しつつ、
毎年、年末になると仕事を頼んでくれる
店の近所のおばあちゃんが
今年も無事に来られるのを待ってる。



2025年11月13日木曜日

境界線

 


9月19日の深夜2時過ぎ。

 外でニャーニャーとめっちゃ激しく

猫が喧嘩してたから下を見たら、

外壁塗装の足場が邪魔で見えへんかった。。。

それよりも足場の手すりに見た事あるけど

馴染みない黒いシルエットがあって

そいつも猫の喧嘩見てた。

思わず「フクロウや。」って言ってしまった!

こっちをチラ見した後、

1メートル以上ある羽を広げてスーーーーと

羽ばたく事なく向かいの棟の裏に飛んで行った。

 なんかさ、熊が色んなとこに出てるけど

人間の引いた境界線や思い込みなんか

野生動物にとっちゃ関係ない、

人間なんか興味でエベレストの山頂行くねんから

勝手な境界線なんて意味ないやろ。

やるタイプのやつに出会ったら

命のやり取りになる自然の流れ、

普通に生活してて突然バトルになるから、

どちらもたまったもんじゃないやろな。

 小動物の死骸をほとんど見ないって事は

自分が思ってるよりも自然の中に身を置いて

生活してる証拠なんかもなって、

フクロウを見てそう思うようになった。

2025年10月13日月曜日

未確認飛行物体


 
  ずっとUMAやUFOとかは

いた方がおもろいやん派、

ストーリーでたまにアップしてる不思議生物の

「ん?ん?!何あれ???」ってのと同じ。


7月初旬にお兄達と4人で晩御飯を

イオンで食べて普通に行って帰ってきた。

毎日、何気なく見てる

1.5km先の駅前に二つ並ぶタワマン、

その間の少し上に見たことない

今日の月はちっさ目やなぐらいの大きさの

めっちゃ明るい黄色の発光体、

月の優しい光じゃなく人工的な光で

めっちゃ明るい光りを放ち続けてる

タワマンの屋上の赤い光りもあって

比較し易くて光の強さと大きさが

今まで見た物じゃ説明つかんくて。。。

指さして「あの光なんやろ?」と聞くと

お兄がさらりと「ユーフォーやろ。」って、

「んなアホなUFOちゃうやろ笑」

「じゃ何の光なん?」「わからん!何やろ?」と

話しつつめっちゃ観察した。

形は円形に近い楕円形、

放ってる光は眩い黄色、

中心部も眩い黄色が主体やけど

オレンジや緑色も混ざってるような光、

タワマンに用事あるんか?ってぐらい

タワマンの間のちょい斜め上あたりで

じっとしてるのにタワマンに

光があたってないのがめっちゃ不思議。。。

そのせいで位置がわかりづらかった。

遠かったらめっちゃデカいし、

タワマンに近くても今まであれほど

眩い光を放ち浮遊する大きな物体を見た事がない、

しばらく見てうだうだ言ってても

発光体は動かんから気になりつつも

階段を12段登って一階と二階の踊り場で見たら

綺麗に消えて無くなってた。

よくある話しの様に消えてるから

狐につままれた感覚やった。

12段登るわずかな時間で

あの大きな発光体が消えるのがほんま謎、

消える瞬間とか見れれば「おっ!!!」やったのに

今まで見てきたモノから推測できない

眩い光を放ち浮遊し続ける大きい物体。

できるだけ具体的に書いたけど

何かわからなさすぎて同じ事を繰り返し書いて

逆に怪しくなってるのおもろい。

もし、宇宙人が降りて来て何かプレゼント貰ったら

めっちゃ怖くて誰にも言えんやろな。

2025年7月30日水曜日

今日の水ダウ

  目が覚めたら賽の河原で。。。

死んだ父親と会ったら

どうなるか?って企画やった。

黒ちゃんでむせび泣くとは。

7年前におとんおらんくなってるし

黒ちゃんと似た気持ちやったわ。

何かあってもなくても

風呂あがりに体拭きながら

仏壇に日々の報告してるから。。。


  そう言えばおとんに

よく何考えてるかわからんと言われたりとか

昔は言いたい事も色々あったけど

そんなのは消し飛んでって

感謝しかないよ。

でも、生き返って戻ってきたら

寝とけ寝とけ、

次の時にまた逢おうねってなるわ。

おとんを感じるいい企画やったと思う。

2025年7月13日日曜日

ブルーインパルス

 


 
 邪魔な建物もあるけど

ベランダから梅田のビル群や天満の花火、

反対側の窓からエキスポの観覧車や

京都の端っこの大山崎あたりの山が見える、

つまり大阪の南の方以外が

見渡せる位置に家がある。

14:40頃に市の全体放送で

「今、飛び立ちまちした。10分後に
  寝屋川上空を通過します。」とアナウンス。

ベランダから下を見ると

開けた広い駐車場に20人ぐらい集まってた。

ちょっとすると

なんばのあたりかな?

一筋の雲がスーと伸びてくのが見えた!

指差しておかんに説明しながら追ってると

邪魔な建物のオークヒルズの裏に入る前に

筋が太くなって綺麗に並ぶ点が見えた!

ブルーインパルスで間違いない!!!

下の人らはまだ見えてへんぽかった。

そこからオークヒルズの裏を抜けて

吹田方向へ、、、

ここでベランダと反対側の窓へ移動、

ずっと速かったけどここから

めっちゃ速くなる!

吹田から高槻方向へ

凄いスピードでこっちに向かってくる!

枚方上空で向かいの棟の裏に入って

見えなくなった。。。

どっから出てくるんかわからんくて

ドキドキしてると、

絵のまんま見てる真正面から出て来た!!!

思わず「おぉーーーーーーーー」言ってた。

意外と静かなゴーーーって音で

自分の頭上を越えていった!

ベランダへ急いで戻ると

下の人らも騒いでて

なんば方向へ

飛び去るブルーインパルスを見送った。


どうせ写真撮っても飛行機らしい影と

そこから伸びる飛行機雲やろって、

後で見返したらしょぼいのを想像してたから

スマホどっかに置いてた、、、

団地とブルーインパルスを撮り逃したの凹むけど

かっこよかったわ!


2025年7月10日木曜日

ゆめ

 



 夢って漠然としてへんかった?

学校と家と遊びの繰り返しの

遊びに夢中な子供に将来の夢とかないやん、

聖闘士星矢って答えるのは

あかんのはわかってた。。。

今思うとそれでもよかったんやけどな。

弟の次男が将来は在宅ワークが

いいって言ってるらしくて

俺の子供の頃と比べてえらい具体的やなって、

親が仕事としてるとこを小さいうちに見るんは

大切な事なんかもしれん。

おっさんになって思うけど

若いうちにしたい事とかあったとしても

今やってる事が仕事になる、

その後にできる事やしたい事と結びつく。

人生は短いようで長い、

焦らず色んな経験して

在宅ワークにたどり着くといいよな。



、、、振り返るとくそ短いけどな。


2025年4月25日金曜日

2025のもうすぐ5月ですが!


 去年の年末にアップしようとして

途中になってたのを

横目に見ながら放置してたけど

今やな!って事で加筆して揚げます。

2024の年末気分を思い出し感じつつ

読んでいただきたい!では、


スターーーッツ!!!




今年の岡田の一文字は「変」

ほんとに色んな事があって

振り返ると変化の年だった。


同じ事をやり続け

同じ場所に居続けるにしても

小さい変化は毎日あって、

昨日と少し違う今日の連続やねんけど

今年は大きい変化や初体験の連続で

波にのまれて揉まれてたら

めっちゃ潮の流れが速い海流に乗ってた。


4月に和さんが

「わしの事は気にせんと

作業進めてくれたらいいから。」とだけ

言い残して仕事場に来なくなった、

それは口下手な和さんなりの引退宣言だった。

寂しさとかよりも1人でできるんか?

不安の方が大きかったけど、

失敗しつつも普通に仕事をこなしてく

自分にびっくりてる。。。

和さんはちゃんと見てて出来そうやなって

思ってたから引退したんやろう。


和さんが来なくなったと言う事は

ずっと気になってた木屑や
ゴミ混ざりの

色んな物が山積みのスペース、

無駄にまったく
同じ金槌三本が

道具箱に入ってたりするのを片付けられる。

職場で机の上が散らかってる人いるやん、

あれはその人なりにこれはここ

あっこはあれって感じで大体覚えてるから

片付けてしまうとよくない、

散らかって無駄が無駄を生んでるのが

わかってても手が出せずに放置してた。


そこを一つ一つどけて分別してて

和さんと過ごした15年は

学びや気づきがおおかったなと。。。

和さんは思い立ったらすぐ行動で

店の壁に板打ちつけてフック付けたり

紙置きスペース作ったり、

東西南北に少しづつ

時間のずれた時計つけてた。

僕からしたらまず要らんもん捨てる方が

先じゃない?やけどな。

ほんと整理整頓が苦手な人やったな。

でも和さんにできて

僕にできない事も沢山ある、

錆びたハサミで普通にジョキジョキ切ったり

何枚も重なった紙の一番上のだけを

カッターで切ってとさらりと言われた後に

「ぇっ?!できひんの???」とか、、、

力加減や角度とか刃があたってる場所や

手に伝わってくる感じとか

道具持ってない手の使い方とかやろうけど

何回もチャレンジしてるけどできない。

若い時は自分も人と

同じ事ができて当たり前、

できない事が恥ずかしいと思いがちやけど

経験積んでもできひんもんはできひん。

和さんと一緒に過ごした事で

分かり合う事よりも

補いあったり譲ったり諦めたり、

互いの違いを認めるのが重要なんを知る

貴重な時間やったな。

そんなこんなあって店を少し片付けて

古着屋も始めたりして時間は一瞬で過ぎた。




ほんで、2025の4月で

和さんが来なくなって1年が経ったんよ。

店の顔は和さんでみんな和さんを

頼って仕事を頼んでると思ってたから、

来なくても店にかかってくる電話を

和さんの携帯に転送してたんやけど、、、

この前、電話あった時についでの感じで

「今の値段もわからんし転送やめて。」って

たぶん一年で区切りやったんやろな、

口下手やけど思いやりもあって優しい人やな。

これからも年に2回のお歳暮とお中元は

顔みに家に持ってくからね、またね!




2024年12月25日水曜日

さよならLINE Pay


 LINE使ってる人多いし


アプリ一個で済むから


セブン銀行でチャージして


電子マネー決済用で使ってたのに


経営統合とかでなくなるんやって。


PayPayの始めの方めっちゃお金配ってたし


一気にPayPay使ってる人増えたんやろな。



にしても便利なったよな、なり過ぎた感ある。


昨日、お布団入りながらマクドのアプリで


セットはクーポン使って


サイドは使わずとか色んな組み合わせを考えて


LINE Payの残高1070円


ちょっきりになるセットを考えながら寝た。。。


んで初めてマクドの


モバイルオーダー使ったんやけどさ、


平和堂の4階の駐車場ついて


スマホでオーダーと決済して


1階のマクド着いた時には


注文したの用意して待ってたわ!


俺が何注文するのかわかってたぐらいの感じ!


レジに行く事も現金払う事もなく


スマホの画面だけ見せて


スッと持って帰る違和感、、、


これに慣れるとヤバい!感がした。


お金使い荒い派やから


現金と同等のもんを使ってる感覚が


薄れていくとバンバン使ってしまう。。。


これからも銀行の預金口座と電子マネーを


連携させんように使っていきたい。


という訳で遅ればせながら


PayPayデビューしました!


PayPay!ペイぺ、PayPay!



2024年10月18日金曜日

古着の仕入れ。

 8月の19日に大阪の某所にある

古着の倉庫に行った、

倉庫は刑事ドラマでよく見るタイプの

誘拐されてる人の居場所がわかって

2人組の刑事が突入するやつが二つ並んでた。

右の倉庫は一つ一つにパンパンに服が入った

鉄の金網状の2メーターはありそうな

コンテナを五段ぐらい積み重ねたのが

壁一面にずらっと並んでて、

服って何でできてたっけ???

リサイクル可能な素材やったっけ?

今まで見てきた服の量を

余裕で超える量の服がそこにあって、、、

一瞬、地球にある資源だけで

服ができてるのが心配になった、

目に見えてる全ての物が地球産やのに。

左がピックできる倉庫、

入ったとこは一般の人も買えるスペース、

カウンターの向こう側が

店員さんが服を仕分けてたり

洗濯してたり作業してる横に

高さ1m20cm×幅1m50cm×奥行き1mぐらいの

金網のカゴにジャンルごとに分けられた

服が山積みになったのが何個も並んでるのが

ピックスペースになってた。

あらかた説明受けて

終わったら呼んでくださいって感じ、

店員さんが仕分けてる隣りで

弟と僕の服選びが始まった。

Tシャツは何枚とるか決めてたけど

特にどんな服を選ぶとか

他のシャツやボトムとかの分量とか決めず、

と言うかやってみんと

どんな感じかわからんからかった。

自然とパーカーのカゴは僕

ボトムのカゴは弟

アウターのカゴは僕

シャツのカゴは弟

夏物は共同で選ぶ形になってた。

300点選ぶと割引幅が多いから

300を2時間で選ぶ作業、

ざっと2人で2分に5点選ぶスピード、、、

しかも山になって絡まってるから

上から見てくしかなくて

一枚取って、右によけ、一枚取って重ね、

いいのあったらピックカゴに入れの繰り返し。

左の底が見えたら右にできた山を左に崩し、

右のを左に重ねて右も掘るって感じで

一枚一枚見ていった。

選ぶ基準は気になるかどうか、

ダメージ具合を確認してピックカゴに入れて

サイズは色んな人がいるからほぼ見てない。

パッと手に取って懐っつ!てなったのもあった!

昔よく古着屋で見たスキーウェア、

めっちゃ懐いからピックしたい気持ちと

改めて見てもダサくね?って気持ちと、

古着屋デビューしたての時は

どう見ていいのかさえわからんくて

とりあえずこれ見てたよなってのと

高一の頃の古着屋の匂いとかも思い出した。

弟に見せるとピックしとこってなった、

そりゃね、高校の頃3つ下の弟を連れて

古着屋行ってたから同じ感じになるよな。

そんな感じでTシャツ、アロハ、

シャツ、ジャケット、ボトムと仕入れた。


 後日、ピックしたのが届いた!

るんるんで開けて一点々チェックしてると

気づきが多くあった。。。

一番悩んだのがダメージの許容範囲の差。

破けや裂けはある程度はねてはいたけど、

襟汚れ、シミ、裏地のダメージ、シワなど、、、

ペンキ汚れとか味といえば味やし、

綺麗な軍物より多少ダメージある方が

雰囲気あって格好よかったりするし。

お店やと手にとって試着できるけど

ネットやとできひんから

厳しめにチェックするしかなくて、

手にとってくれたらキレイめな古着で

良いやれ感あるやつも伝わらないのが

ネットのつらいとこ。。。

まだ、ぽつぽつしか売れてないけど

始まったばかり!色々試してやってくぞ!


2024年9月7日土曜日

謎のTシャツ



 まさか一番気になってるやつから売れるとは、

残ったらわいのにしたかった謎のTシャツ。


 明らかにデフレパードのロゴを

元ネタにデザインしたTシャツ。

偽物ならもっとしっかりパクるし

プリントとかおなざりになるのにさ、

プリントもしっかりしてるし

イラストもカッコよくて。。。

ここまでくると偽物じゃなくて

オリジナルTシャツとして

評価していいやんってなってた謎のTシャツ。


 ピックしに行った時の様子は

また日記にするけど、

誰かがいいデザインをし

誰かが買って着て要らなくなって人手に渡り、

何回も人手を渡って海も渡って

倉庫の山積みになってる中から見つけられ、

沢山あるショップの中から

これいいやんって謎のTシャツが選ばれた。

きっとデザインした人は頑張って作った物が

愛されて旅を続けてるの知ると嬉しいやろな、

このTシャツはこれからも

同じ感性を持つ人の手を渡って行く、きっと。


 古着屋始めて初めて売れたのが

謎のTシャツだった事は記憶に残るし、

無名の何者でもない古着が

人の手を渡って行くのを見るの

こんなにおもしろいとは思わんかった。


2024年9月3日火曜日

加藤鷹


 街録chってYouTubeを見た、

前編、後編、ちゃんと見た。

一方的によくお世話になってたし

残像が見える手マンは

まさしく神の手だった、、、

エロい話しを期待して見始めたのを

途中から忘れてた。


 前編は男優になるまでの

生い立ちや地元での仕事や

東京に出てきてAV男優になるまでの話し。

男優なる前に500人ぐらいとエッチしたとか、

カメラマンになるつもりが

騙されて男優になったとか、

人と出会って人生転がってきた

人と言う印象だった。

 後編は仕事とはエロとはって話し。

パンチラインがバンバンでて

話しうまいな加藤鷹ってなった。

中盤すぎから今のAVの話しで、

絵を手で描く事の意義や

人が人である事で続いてきた話しを

エロやAV業界からの視点から

この先を憂慮されていて、

ずっと肌を合わせて仕事してきた人が

感じてる人の大切な部分の話しは重く

痛いほど気持ちがわかった。


 結局はでも

人と人と人と人と人と、、、、、が

づっっっっっっと繋がって回る、

おもろい世の中であって欲しい。