2026年4月12日日曜日

鼡径ヘルニア

 

3月20日


遊び行って帰って来て、
ちんこのつけ根の右に何かしこりが
あるのに気づいた。


3月23日


日が経つにつれ
立ってる(ちんこじゃなく)状態やと
気のせいか膨らんできつつあるように見えた、
座ってたり寝転んでる時は普通で何ともない。
一応、早めに病院行っとくかと
何科に行けばいいかわからずに泌尿器科へ、、、
受付を済ますと検尿コップを渡された。

そこが予想外の大人気泌尿器科!で
診療時間のすべてが予約で埋まってて、
昼ご飯食べにでる時間があったりしたけど
尿意がまったく来ない。。。
順番がくれば診察はスムーズ、
医者もほうほうって感じでほっといても治らんし
近所に腹腔鏡手術の上手い先生いるからって
サラサラっと紹介状を書いてくれた。
最後までおしっこは出なかった、、、


3月30日


症状が進んでしばらく立ってるとはっきり
膨らんでるのがわかるようになってきてた。

隣り駅の少し大きな病院へ
初診はどこでも後回しになるねんな。
ま、しょうがないよ、
来た時はごったがえしてた待合室も
自分と数人だけになった時にやっと呼ばれ、
軽い診察のあとCT行って検尿行って
呼吸器行ってと順番に回った、
今回はシャーシャー出た!

んで、診察ってなったら
一通りの結果発表された後、
「手術は月曜日と水曜日にやってる、、、」
えっ!もうそんな話し!!!
展開が急過ぎて心の準備もできてへんのに
「今週はいっぱいやから来週かなー」と
カレンダーをめくる先生、
先生の「いつがいいですか?」で
水の8日をパッと指さすと先生笑ってたわ。
パラパラっとノートを確認したら
8だけ空いててそこに決まった。

23日からずっとナーバスで

自分の中で心の準備はできてへんでも
決めてたんやろな。

手術前に何するよ?ってなったら
絵を描いたり、粘土したり、片づけしたり、
手術までの日は余計な事考える時間を
なるべく埋めて
あっという間に8日。


4月8日


まな板の鯉すぎる。

全身麻酔が入るまで目がギンギンで
麻酔ってほんまに寝るんか?
ぐらいの感じやった。
麻酔の先生が来て軽く説明受けて、
謎のカウント「0.8…1」で
意識を失ったのも気づかずに意識を失ってた。
死ぬ時は寝るよりも早いスピードで
意識失うらしいから死に近い状態なんかもな。

んでな!次の瞬間、

目が開いたら嬉しそうな見た事ない顔に囲まれて
眼を覚ますねんけど。。。
まだぼーっとしてて、
現実感がなく初めて見た光景みたいで、
生まれた時って
こんな感じやったかもなって気がした。
死と生を感じるすごい不思議な体験やった。

意識がはっきりしてくにつれて地獄よ。

ちんこに管入ってずっと違和感凄いし
下腹部全体が痛いし、
一晩中、抗生物質の点滴入れてるし
寝返りもうたれへん状態で寝れる訳ないやん。
やからインスタ見て
みんなのいつもと変わらない日常に癒されたし、
早く元気になって仕事場で絵描くぞ!ってのと
早く導尿の管抜いてくれ!で一晩耐えた。


4月9日


目はつむってたもののほぼ寝れず朝になった。

「おはよーございまーす!」
カーテンを開け電気がつけられた。
そして朝ご飯食べる前に導尿の管が
やっと抜かれた!
ちんこのつけ根あたりから先まで
ズゾズゾズゾゾゾ、、、痛みと違和感と
おしっこ漏れでてない?って感覚。

「それから少しして朝ご飯ですー」やっとご飯!

丸1日何も食べてないお腹は
腸がぺったんこで動いて無いのがわかるから
早く何でもいいからお腹に入れたかった。
ベッドの手すりを頼り、足をゆっくり曲げて、
お腹にできるだけ力入れんようにして
起き上がろうとしても起き上がらん、
でも食べな死ぬ!食べたい!!!
諦めて腹筋に力を入れて痛みに耐えながら
何とか起き上がった!
お粥さんと卵とほうれん草を炒めたやつと
桃のデザートが何も入ってない腹に入った、
腸が動き出すのがはっきりわかるのも
気持ち悪い、、、

食べ終わってすぐ横になりたかったけど、
また起き上がるの大変やから
ベッドに座っておしっこしたくなるのを待った、
しばらくすると尿意が、、、
痛みに耐え立つ、痛みに耐え足を擦り一歩一歩、
トイレにたどり着いた、
ジョジョジョジョと違和感を感じながらしたら
最後にブブブブと空気出たんが気持ち悪かった、
ちんこに空気入る事あるねんな。

ベッドに戻り寝た、

寝たり起きたりしてく度に
痛みはあるけど少し起きるのが楽になった、
院内歩いていいって言われたので
足を擦りながら3階4階を回った、
看護師さんや普通の人らの歩くスピードが
速くて怖く感じた!
お年寄りって外でこんな感じなんかな?と
日々の自分の至らなさを少し見直そうと思った。


4月10日


やって来た退院日!救いか恵の雨。
もうね、早く出たい気持ちとまだ痛くて
ヨボヨボ歩きで不安な気持ちが混ざってた。
これ以上、入院してても外にいても
変わらんから退院なんやろうなと。。。

タクシーを呼び病院を後に、

病院の人らはみんな忙しそうで
全然喋られへんかったから
タクシーの運ちゃんに喋る喋る!
家に着くまでずっと喋ってた。

何かね、SNSいいよ。

みんなが普通にしてる姿を見てるだけで
元気でるし、励まされる。
普段からほとんど友達とも会わんけど
いいもんやわ、
早く普通の日常に戻したい。

あっ!後、
手術前に履く白い靴下ぴちぴち過ぎて窮屈で
たぶん手術終わったら脱いでいいやつぽかった、
余裕あったら看護師さんに聞くといいで。
予定に一切なかった2泊3日の手術入院でした。

2026年4月10日金曜日

大阪城



 去年の11月末あたりに島根の姉さんが

大阪に来るって事で大阪城に行った。

久しぶりに会う姉さんは島根の感じのままで

大阪城に向かいながら話してると

鬱で手帳持ちやって話しだした、

目の前が海で背中を山に挟まれた

小さい漁村で暮らしてるのと

鬱が結びつかんまま話しを続けてると

どうやら人や隣りとの距離が近すぎるらしい。

実際、居間から隣りの居間が丸見えやったり

僕が遊びに行っても小学生ぐらいの子が

友達と大阪の人が来てるって話して帰ってたから

わからん話しではなかった。

人ってどんな状況でも鬱になるんやな、

見えない荷物をずっと背負って歩いてるんやろな。


大阪城に着くと入場待ちの長蛇の列、

隣りに豊臣時代の石垣が見れる新館、

並ぶ時間勿体ないってお土産と

写真撮ってたらいい時間になったから

来た道を戻って天満に移動。。。

姉さんに会ってから懐かしい雰囲気を

ずっと感じてて、

何やろ、この感じ?って思ってた、

喋り方の独特な間と言うか

柔らかさと言うか姉さんの雰囲気が

岡田のおばあちゃんと同じだった。

おばあちゃんの先祖にそんな感じの人がいて

ずっと受け継いできてるんかもな。

にしても、何度か会って少し話したぐらいやのに

めっちゃ話しやす過ぎる、

会話のレベルを合わせてくれてるんか、

それともレベルが同じなんか。。。

気が合う人に久しぶりに会ったんやわ。


先日、おっちゃんが亡くなってしまったから

島根に行きたい。

小さい頃、家族で島根に行った時に縁側で

オレンジジュースの缶を親指と小指で挟んで持って

中指で片手で開けてくれたのを覚えてる、

僕には穏やかな芯の強い無敵の人に見えてた。


予定になかった鼠蹊ヘルニアの手術も

無事終わったし、

普通に歩けるようになったら島根に行きたい。


2026年3月17日火曜日

まじか!!!

 今日、元請けのお爺さんと
片道1時間半以上かけて
ユニバの手前まで納品に行ってん。

車中でへーほー言いながら
色んな話ししまくって、んでな、
帰りの大日あたりで趣味の話しになって
インスタ見せたらめっちゃ褒めてくれてさ、
んでな、一言だけ言うと「暗い。」って。
パッと見、普通のお爺さんがそれ言う?
暗いの伝わるんや!ってビックリしたわ、
まじで嬉しかったわ!!!
明日は店片付けて絵描くわ。

ちなみにその人と知り合ったのは駐車場。
三月入って暇になったし
正月に買った交通安全ステッカーを
車に貼りに行ったらグレーチングを直してはった、
話しかけるとちょうど仕事してくれる人を
探してたらしくて、めっちゃラッキー!!!
御利益ってあるもんやな。